派遣生レポート

Look Malaysia Look Myself

神田外語大学 外国語学部 国際コミュニケーション学科 4年
實川優里

約6時間のフライトでほとんど一睡もできなかった私を包んだのは、マレーシアの「活気」だった。朝早い時間にも関わらず渋滞する道路。様々な言語で会話する人々、色々な方向から響く建設工事の音。そうかと思えば景色が一転、パームツリーが穏やかに揺れる景色が広がる。今まで訪れたどの国よりもこれといった一つのイメージが固まらない未知のまま到着したマレーシア。その理由は現地ですぐ実感することになる。この国には「様々な顔」が存在しているからだ。

多民族・文化・宗教共存の社会とは一体どのような国だろう。多くの疑問があり、現地に行くことで少しでも自分自身で答えを見つけたいと気持ちが高ぶった。

今回このプログラムに参加しようと思ったきっかけは、将来英語教育に携わりたいと思う私自身、アジアの縮図マレーシアで本当の意味での“グローバル化”とはなにか見つけたいと思ったからだ。東京オリンピック招致が決まり2020年に向けて英語教育も変わりつつあるが、「グローバル化」という言葉だけが一人歩きをしている感じがしてならない。この3週間を通して旅行というよりも、生活に近い目線でマレーシアについて知ることができた。マレーシアで経験したことや感じたことを素直に記していきたい。

はじめに今回の3週間プログラムのおおまかな内容について紹介する。Infrastructure University of Kuala Lumpur(IUKL)では6日間マレーシア文化、グローバルコミュニケーション、マーケティング、伝統染物Batik作り体験、マレー語、プレゼンテーションスキルの授業を行い、現地の学生と交流する機会がたくさんあった。名所観光では世界遺産にも認定されているマラッカ、ウォーターパークSunway Lagoon、クアラルンプール市内を周った。その他にF1世界選手権マレーシアGP、ロードレース世界選手権マレーシアGPで有名なSepang International Circuit に企業訪問させていただき、地場産業の町タンジュンセパでは工場や農場の見学を させていただいた。そして2日間マラッカ近くの村でホームステイを経験した。

~多民族共存社会で見えたこと~

マレーシア最大の特徴は何と言ってもマレー系中華系インド系その他の民族が共存していることだ。現地の学生と話していると、自身以外のそれぞれの文化や宗教のことについてまで詳しく理解していた。生まれた時から身近に存在する他民族は「異質」ととらえる対象ではなく、十分な理解の上で尊重し合っている。しかし、「共存」と聞くと「異なる人種が一緒に生活する」という私のイメージとは違っていた。ほとんど、それぞれの人種ごとのグループで固まって生活している。他民族同士絶妙な距離を保っている姿は「不関心」ではなくて、良い意味での「不可侵」といった感じだ。それはマレーシア人が自然に培った平和を保つ秘訣なのかもしれない。「普通」「異質」の線引きではなくて、多様性を認められる社会だからこそ外国人でも住みやすい国なのだ。また、フレンドリーな国民性に何度も心が温まった。学内のカフェテリアで食事をしている時やバスの中などで、初対面の人でも気軽に声をかけてきてくれた。国境をこえて様々なバックグラウンドの人とお互いのことについて話すことは本当に楽しかった。多文化社会に身をおいていると、人に決まりきった生き方はなく、十人十色の美しさがあることに改めて気付かされた。
 人も文化も比べる対象が多いからこそ、それぞれの個性が浮き彫りになり、いっそう輝きを増すのだ。

マレーシアの宗教について感じたことは、宗教中心に生活があるという人が非常に多いということだ。ショッピングセンターのトイレ横には、1日5回行われるイスラム教徒の礼拝所が男女別で設けられている。レストランのメニューには必ず肉の種類やイスラム食の証「ハラル」マークが記載されているため、誰でも安心して食事をすることができる。現地の大学で日本を訪れたことのある学生に出会い、彼女は日本で食べ物を選ぶ際、とても苦労したと言っていた。すぐにハラル食品を作ることや表示方法を変えることは難しくても、せめて宗教上タブーとされる食べ物や習慣について一人でも多くの人が知ることは、グローバル社会に必要なことだろう。

~郷に入れば郷に従え~

2日間と短い間ではあったが、マラッカ近くの小さな村にホームステイさせていただいた。バスから降りると村の人々が私と右手で軽く握手した後に、左胸の上にちょんと手を当てるマレーシア式の歓迎と優しい笑顔で出迎えてくれた。周囲にコンビニやスーパーはなく、森の細い道を進んでいくと畑や伝統的な木製の家がちらほら見える素朴な村での貴重な体験が待っていた。一番印象深いことは右手を使い食事すること。街なかでも目にしていた光景ではあったが、いざ自分でやろうと思うとためらいがあった。食事中にホストファザーは”When in Rome, do as the Romans do”(郷に入れば郷に従え)と話してくれた。なんとか2日目には手で上手くご飯を丸めて口に運ぶこともできるようになった。他にもヤモリやアリと暮らすこと、水道がいきなり出なくなって汲み置きの水で手を洗うことや、ホースの水でシャワーを浴びることなど日本にいたら考えられないことだが、我ながら驚くほどに環境に順応しようとする力があった。どの土地でもそれぞれのルールや習慣がある。自分のアイデンティティは変えなくても、その土地のルールや習慣に順応して、世界のどこにいても生きていける柔軟な人間でありたい。

~教育で比べる日本とマレーシア~

多民族が暮らすマレーシアでは共通語としての英語はとても重要である。幼い子どもでも流暢な英語を話す。日常で英語や母語以外の言語に触れる機会があるこの国では、言語は「習う」ものではなくて「慣れる」ことで自然に身につけていくものである。考えて言葉を発しようとすると文法が間違っていないか他のこと事に気がいってしまい臆病になってしまう。日本の英語教育が受験やテストのための「考える」ものになってしまったのは、実践的に使おうというモチベーションに繋がっていないためだろう。英語が公用語のマレーシアと日本は根本的に異なるかもしれないが、マレーシアの教育のように少しでも苦手意識を持つ前に英語に触れて、慣れていくだけでも大きな変化が生まれると思う。ただの「言語教育」ではなくて、世界の共通語の「英語」が話せるとどんなに自分の世界が広がるか、国境を越えて人と関われる楽しさを広めていくことに貢献していきたい。
 マレーシアで日本の教育の良い点にも気づくことができた。IUKLでの講義中にDr.Selvaが「Japan became a developed country because of Japanese discipline」とおっしゃったことが強く印象に残っている。全ての日本人というわけにはいかないが、世界から称賛される協調性や勤勉さは知らず知らずのうちに教育の中で身についたものなのかもしれない。そう考えると教育は未来の国家に強く影響する重要なものなのだと再認識したと同時に、教える側に伴う責任感に身が引き締まる思いもあった。

~最後に~

マレーシア一国の中に民族・宗教・食事・街なみすべてにおいて様々な顔を持つことが、この国をとても魅力的にしていて、3週間飽きることなく過ごすことができた。むしろまだまだ知りつくせない魅力の方が多いように思う気持ちが、またマレーシアに行きたいと思わせてくれる。
 クアラルンプールの都心部は「アジアの摩天楼」という言葉どおり高いビルが立ち並び、アジア諸国の私の想像をはるかに超えた迫力に圧倒された。ブキッビンタン付近では、観光客の多さが急成長しているマレーシアのエネルギーを物語っている。しかし、まだまだ道の舗装状態が悪いため歩き周りにくいことや、歩行者と車がすれすれを通る危険なところが多い。また、路地裏にはごみが散乱していることなどと表裏のギャップがあることは事実だ。

この3週間を通してマレーシアのことについて知るだけではなく、それ以上に自国のこと、自分自身のことについて深く考える機会になった。まだまだこの先の将来なにが起こるかわからないし、迷うこともたくさんあるかもしれない。しかし、こうして全く新しい環境に足を運ぶことで、社会に出る前に自分の視野を大きく広げる体験ができた。

このような素晴らしい体験をすることができたのも、多くの人の支えがあったからこそです。マレーシア政府観光局の関係者の方々、特にお世話になったIUKLの学部長Mr. Haroldをはじめ5名の教授方、3週間をともに過ごした全国から集まった仲間たち、ホストファミリー、そしてマレーシアで出会ったすべての方々に、感謝の気持ちを述べたいと思います。本当にありがとうございました。