参加学生レポート

マレーシア留学モニターを終えて

北海道教育大学 釧路校
教育学部 教員養成課程 3年 樋口 薫子

<たくさんのことを感じて楽しもう!>

この写真は初日だけれど、帰るころにはすっかり I love Penang

日本に帰ってきてから、マレーシアシック発症中です。今回、家族旅行ではなく1人で(正しくは16人一緒でしたがこのころの気持ちとしては1人でした)海外へ行くのが初めてだったので、行く前は正直、不安が大きかったです。英語で話すことも堪能ではないし、私以外の北海道圏の学生2人の他は顔も見たことのない13人含め、ほぼ初対面の16人での10日間、どんなことをするのかも正確にはわからない…。ただ、元からポジティブな性格なので、最終的には「不安もあるけれどせっかく手にしたマレーシア留学という機会、たくさんのことに触れて、たくさんのことを感じて学んで思う存分に楽しもう!なるようになる!」という気持ちで集合場所の羽田空港へと向かいました。

<温かい歓迎>
 具体的にどんな活動をさせていただいたのかというと、簡単に言うと「ペナンの人々の温かさ知り、(もちろん気候は温かいどころか暑かったけれど…)ときにこちらが申し訳ないと思ってしまうほどの歓迎を受けた」の1文になります。
 10日間のうち8日目のホームスティを除いてはSEGI Collegeの寮で生活し、6つの大学を回りました。OLYMPIA Collegeではジョージタウンを案内していただき、SENTRAL Collegeでは主にマレーシアの歴史を学び、KDU UCではコミュニケーションアクティビティ、SEGI Collegeでは自己紹介とグループプレゼンテーション、TAR UCではスポーツを通してノンバーバルコミュニケーションを行い、DISTED Collegeではハンディキャップを持つ子どもたちの通う学校を訪問させていただきました。

<大学で学んだこと>

街中に、当たり前のようにArtが存在している事が羨ましい
 それぞれの大学で学んだこと、感じたことは、書きだしたらきりがありません。その中でも一番心に残っていることを三つ挙げようと思います。
 一つ目は「英語を話すために辞書を使うな(OLYMPIA College)」という話です。当たり前ですが英語は言語なのだから、いくら文法がわかっていても、考えた文章を暗記して流暢に話すことができても、自分の言葉で話せなければ意味がありません。日本語でも誰かの受け売りより、自分の考えた言葉のほうが重みがあるのと同じこと。正しくなくてもいいからとにかく話すことが大事なのです。
 二つ目は、「コミュニケーションアクティビティ」(KDU UC)の価値を知ったことです。チーム対抗で様々なゲームをしたのですが、どれも楽しみながら英語でコミュニケーションすることができました。日本でも同じことができれば、子どもたちが英語だけでなくコミュニケーションの仕方を身に付けることにも役立つと考えました。

ホームスティ先の女の子ベラが、ヒジャーブを巻いてくれました。想像以上に暑くてびっくり
 三つ目は「Children are just children」(DISTED College)ということです。これは、連れて行っていただいた学校で子どもたちと関わって感じたことです。特性も年齢も様々な子どもたちと一緒に椅子取りゲームをしたり、お寿司のつくり方を教えたりする中でコミュニケーションを図りました。通じていないこともたくさんあったかもしれないけれど、こちらまで幸せな気持ちになるような子どもたちの笑顔をたくさんもらいました。子どもは、日本だろうがマレーシアだろうが、どこに住んでいても、ハンディキャップがあろうがなかろうが、大きくは何も変わらない。だからこそ、周りの大人が最優先でしなければならないのは、その純粋な笑顔を失わないようにすることなのだと気づかされました。

 そして忘れてはならないのが、マレーシアのホスピタリティ精神です。どの大学でもどの場所でも、ホスピタリティ精神に溢れていました。何の見返りも求めていない親から子供へ注がれる無償の愛のようなものが、人々の温かさを作っているのだと思います。気候のせいか、立地のせいか、歴史のせいか…わからないけれど、自国が好きだからこそ、よさをもっと教えてあげたいという無意識の気持ちが、染みついた生まれつきのおもてなしの心と共に現れているのかもしれないと考えました。意識的に歓迎しなければ…と考えているのではなく、心が伴って自然ともてなしてくれるからあんなにも温かいのだと思います。日本もそうなれば、これほど素敵なことはありません。

<失敗しても大丈夫という空気>

歯磨き粉をチューブに戻そうとしてます。もちろん授業の一部(笑)
 また、ペナン島という場所は初めての留学、つまり海外留学の第一歩に最適な場所だと確信しました。理由としては、何度も言うように人がとっても温かいのです。おそらくこれらはペナンに限らずマレーシアにも当てはまるのではないかと思います。そして、お互いに英語が第一言語ではありません。とはいえ、学生や働いている人たちは当たり前に私より英語が話せる人ばかりです。それでも、決して見下したり面倒がったりするようなことはなく、こちらの言うことを真摯に聞いてくれます。言いたいことがうまく言えなくても、理解しようとしてくれます。反対に、私たちがうまく聞き取れず、単語を知らないがために理解できないときは、わかるまであきらめずに説明してくれました。きっとどんなことでも学ぶときに必要な環境、「失敗しても始めから完璧にできなくても大丈夫」という空気が自然と整っているのです。自己肯定感の薄い子ほど特に必要と言われる失敗経験。失敗しても、完璧じゃなくても大丈夫という周りが与える安心感。頭では理解していたつもりでいたことが、実感を伴って私自身の学びとなりました。そして、このような温かい空気があると、自然ともっと学びたい、できるようになりたいと感じるということを知りました。

伝統衣装を着て結婚式
 英語に限らず全ての学びをそのような環境で行うことができたなら、子どもたちは、学ぶことの楽しさ…知らないことを知り、知りたいと思うことをもっと知る楽しさを知ることができると思うのです。テストのためでも成績のためでもない、子どもが主体の「学び」を小学校で実現してみたい。今まで考えていたその理想が、自らをそのような場に置いたおかげで少し現実的に見えた気がします。おそらく、始めから全教科で実現することは不可能ですが、せめて英語だけでも「自ら学びたいと感じる環境」を整えたいと感じました。

<もっと英語を話したい>

電車で楽々登りましたPenang hill。後からたくさん歩けるよ
 もう一つ、マレーシアにきて強く思ったことが、「英語とは勉強するものではない」ということです。今までは心のどこかで「勉強しなければならない」「できるようにならなければならない」という気持ちがあったように思います。日本にはどこかそのような風潮はあるのに、実生活には英語が必要とされていません。英語ができなくても、英語を使わない仕事を選べば、困ることはないのです。できた方がいいのはわかっていても、不可欠なわけではない…この理想と現実のずれが英語を勉強しなきゃという義務感をつくる原因の1つになっているのではないかと考えました。

椅子取りゲーム。あれ?こんなに楽しいゲームだったっけ?
 ならばどうすればよいか?答えは単純明快。英語が不可欠な環境に飛び込めばよいのです。必要に迫られたとき、話せないと困るだけでなく、話したいと思うはずです。少なくとも私はそう思いました。ペナンで出会った学生たちともっと話せるようになりたい。相手の言いたいことをもっとわかって、自分の言いたいことももっと言えるようになりたい。伝えたいことを思った通りに伝えることができないのは、案外苦しいものです。だからこそ、今は「英語を勉強したい」を通り越して純粋に「話せるようになるために、もっと学びたい」と思っています。

<かけがえのない人たちとの出会いに感謝>
 最後に何より感謝したいのが、かけがえのない人たちとの出会いです。もしこのプログラムに参加できていなかったら、話すこともできなかったであろう素敵な人たちに出会うことができました。たった10日間。しかし、すべてを言葉にできないような濃い10日間を共にしました。今となっては、お互い昔から知っている友だちのように感じていて、つい最近まで知らなかったことが不思議に思えるほどです。しばらくは、みんなの予定が合わない限りは集まれないし、私は今、北海道に住んでいるので、距離が遠くて簡単に会うことができないのが寂しくてなりません。
 でもきっと、簡単に会えないからこそ、次に会うのがもっと楽しみになるのだと思います

正確に言うと毎日のように会えたらいいのにと思ってしまうので、このように自分に言い聞かせることにしました。次に会う時に、恥ずかしくないような自分でありたいと心から思います。そのためには今回、マレーシアで感じたこと、考えたことを忘れることなく、確実に自分の成長のための糧にしなければなりません。自分が何をしたいのか、自分に何ができるのかを探り続けながら、「何をすべきなのか」考えて着実に大切に「いま」を生きていくつもりです。

最後になりましたが、温かく迎え入れ、さらに多くの刺激をくれたマレーシアと、その温かさを作り出しているマレーシアのすべての人、マレーシアがきっかけとなって出会えた友だちに、心からの敬意と感謝の言葉を送ります。


他の参加学生のレポートはこちらをクリックして下さい。
 (順不同/敬称略)


各大学のプロフィールページへ