派遣生レポート

「いい時代」との出会い

一橋大学 社会学部 社会学科
林 亮太

私がルックマレーシアプログラムを知ったのは、今年の春。約一年の受験勉強を乗り越え、これから始まる大学生活への期待と不安とが入り混じっている時でした。もともと海外、特に発展著しい東南アジアに興味があり、後述する夢のためにもなると考えたため迷わず応募を決めました。
 マレーシアの地に降り立って、まず感じたのは「案外涼しいぞ!」ということ。これまでマレーシアは年がら年中暑いものだと思っていたのですが、朝晩は非常に涼しいのです。熱帯特有の、バケツをひっくり返したような雨が降った後はむしろ寒いくらい。もちろん日中は厳しい暑さですが、日本の夏の方が厳しいかもしれません。
 海外に行くと気になるのが食べ物。マレーシアの料理を一言でいうと、「辛い!そして甘い!」 その中間の味はあまりなかったような気がします。最も驚いたのはコーヒーをオーダーした時。コーヒーなのに苦くない。もはやその液体は日本のココア。ちなみに頼むときにNon sugar! やNon milk!などと叫ぶと、店の人は目を真ん丸にします。
  ツアー中に私たちが滞在したのは、クアラルンプール(以後KL)市内のホテルでした。KLは非常に発展した街。高層ビルが林立する中にKLタワーとツインタワーがそびえ、夜中でも明かりが消えることがない様子はまさに大都会。田舎育ちの私は、初めて東京に行った時にあまりの都会ぶりに圧倒された気持ちを思い出しました。しかしその一方で、インフラや衛生面などではまだまだ成長の余地があり、安い屋台が立ち並び外国人労働者が街に溢れる様子は、やはり途上国だなと感じさせます。KLはとにかくごちゃごちゃした街なのです。

「でも! でもそれがいい! 雑多なところがたまらない!」

日本が失ってしまったエネルギッシュな姿。これぞ私が求めていた良い意味での「発展途上」の形。というのも、私は右肩上がりの日本の姿を見たことがないのです。私たちの世代が生まれた時には既に日本は高度成長を終え、経済は停滞し、社会には閉塞感が漂っていました。自分の親の世代が経験した「いい時代」の日本を知らないのです。そんな私にとって、KLは非常にまぶしい場所でした。「まだまだいけるぞ!」という空気に、期待で心が震える感覚。私はKLが大好きです。

マレーシアの魅力

先述したように、KLは非常に発展しています。建設ラッシュに沸く街の様子はさながら生まれたての赤ん坊のよう。明日のKLは今日のKLではないのです。その反面、KL市内で自然を感じることはできませんでした。日本人のステレオタイプ的なマレーシアのイメージは、おそらくうっそうとした熱帯雨林に代表される豊かな自然だと思うのですが、KLに関しては当てはまりませんでした。
私がマレーシアの大自然を感じたのは、自由行動日に行ったFRIM(Forest Research Institute of Malaysia)です。ここは私の想像をはるかに超えたジャングル。ガイドさんについてジャングルトレッキングに参加したのですが、そのスタート地点から道なき道の始まりはじまり。美しい木々の姿に感動を覚える一方、日本では考えられない大きさの虫に戦慄。盛んに飛び回る蚊を退けながら冒険を続けました。それにしても美しかった。生まれて初めて見る熱帯雨林はとても幻想的で、すっかり魅了されてしまいました。こうした豊かな自然もマレーシアの魅力の一つです。
 ツアーを終えると、次に待っているのはホームステイ。今年はかつて日本への留学経験のある人々のいわば同窓会のようなALEPS(Alumni Look East Policy Society)の方のご家庭にお邪魔させていただきました。私の滞在したご家庭ではホストマザーが日本に留学された経験があり、あまりの日本語の上手さに驚いてしまいました。
 ここではマレーの暮らしを体験することができました。子どもたちからはマレーシアでのバドミントン人気を実感させられ、家庭内の生活やオープンハウスではムスリムの風習を肌で感じることができました。本当に短い時間でしたが、他にも非常に多くのことを学ぶことができました。何より感動したのはホストファミリーの皆さんの温かさ。「あなたの好きなものはなに?なにがしたい? どこに行きたい?」子育てで大変な時期にもかかわらず、私のことを大切に気遣ってくれました。それがとても嬉しかった。こうしたホスピタリティーが、実はマレーシアの一番の魅力なのかもしれません。私はこの3日間でマレーシアのことがさらに好きになりました。

多様性を受け入れる素地

私がルックマレーシアプログラムに参加して、ずっと疑問に思っていたのは、なぜマレーシアでは大きな争いもなく多文化・多民族国家が存続しているのかということです。当初はあまり深く考えていませんでしたが、マレーシアで実際に過ごしてみて、この思いはどんどん強くなっていきました。そしてこの疑問に対する一つの答えを思いついたのは、IUKL(Infrastructure University Kuala Lumpur)のカフェテリアで昼食を楽しんでいた時でした。
 まずお伝えしたいのはIUKLの留学生比率が約50%もあるということ。日本の大学では考えられない、驚異的な数字です。仮にこの比率が日本で実現したとして、国際関係を専門に学んでいるわけでもない日本の学生が平穏無事に生きていけるかと問われると、私は首をかしげたくなります。しかしIUKLではそれが成立していた。東南アジアや中東・北アフリカを中心とする様々な国の学生とマレーシアの学生(もちろん多民族)が同じ空間にいる。仲良く会話をしている。そしてその輪の中に私がいる。日本人がいる。まるで昔からの知り合いのように。少々文化的背景が違っても気にしない。それはそれ、これはこれ。お互いがお互いを尊重しあっている関係。私はここにマレーシアの多文化・多民族国家たるゆえんを見た気がしました。

教育と「伝統」

さて、我々はこのIUKLでの暮らしを通じてマレーシアの高等教育に触れたわけですが、実は私がこのプログラムで定めた目標の一つにも、マレーシアの教育について知るということがありました。そして三週間の滞在を通して思ったことは、マレーシアの教育は、ブミプトラ政策抜きには語れないということです。
 ブミプトラ政策とは、簡単に言えばマレー系優遇政策です。一種のアファーマティブアクションとして実施されてきました。ただ、現状の教育的な観点から言うといくつかの問題をはらんだ政策だと感じます。というのも、中国系やインド系の人々はマレーシアの国立大学への入学基準を格段に引き上げられているのです。彼らはマレー系の人々に大きく勝る能力を有していなければ、国立大学に入ることはできません。このことからは大まかに二つの問題が導き出されます。
 一つは、マレーシアにおける優秀な人材の海外流出。特に裕福な家庭の多い中国系の人々は、海外進学を目指すことが多いと聞きました。もう一つはマレー系の人々に対する偏見。たとえトップクラスの国立大学に入学したとしても、それがブミプトラ政策のおかげだと思われてしまえばその価値は半減してしまいます。こうした傾向が今後も続くようであれば、マレーシア国内の教育は近い将来行き詰まりを見せるかもしれません。(この考え方は企業訪問で訪れたJETROで聞かせていただいたお話に強い影響を受けています)
 私はこのようなブミプトラ政策の影響を踏まえ、IUKLの教授にこの政策が今後どうなるかを尋ねてみました。彼の答えは次のようなものでした。 「問題なのは確かだけれど、これは伝統だから今後も続いていくだろうね」
 ちなみに教授はインド系の方でした。やはりマレーシアはマレー系中心の国なのだろうか、と考えさせられたのもこの時です。しかしそれと同時に、このような状況下であっても多民族が調和している社会を存続しているマレーシアは、非常に大きな力を持った国なのだなと改めて感じました。それだけに、この問題をどうにかできないものかと考えてしまいます。
 もしかすると、良し悪し云々を抜きにして、よそ者があれこれと意見するべき問題ではないのかもしれません。この政策を「伝統」だとするならば。いかなる国においても「伝統」は存在し、そのいずれもが等しく尊重されるべきものです。しかし、教育あるいは人材育成という観点から見た時、私はこの問題について考えずにはいられないのです。

私には夢がある

冒頭にも少し書きましたが、私には夢があります。それは「ジェネラリスト」になるということ。ここでいう「ジェネラリスト」とは、自分の専門を持ちつつも、まったく畑違いの分野の人とも理解しあえる人間のことです。私が現在の大学・学部を選んだのも、ルックマレーシアプログラムに応募したのも、この夢のためになると考えたからです。
 三週間をマレーシアで過ごしたからといって、劇的に私の能力が向上したわけではありません。ましてや「ジェネラリスト」になんてなれていません。ですが、この夢を叶えるために必要なことが一つ分かりました。それは、本当に人と理解しあうためには、学問的知識だけではだめだということ。専門を持ち、その他の分野のことにも精通しているだけでは不十分なのです。
 大事なのは、その人と一緒に「遊ぶ」こと。形はどうあれ、同じ時間を共有し、楽しみ、会話をすること。もちろんこれも必要条件に過ぎないとは思いますが、マレーシアで最高の仲間と過ごし、素晴らしい人々と出会い、数々の貴重な経験をさせていただいたことで改めて理解できたことです。このような素晴らしいプログラムに参加できたことを、非常に嬉しく思います。マレーシアで感じたこと、新たに得た視点をもって日本を見つめ直し、これからも夢の実現に向けて努力を続けていきます。