私とマレーシア

意欲が魅力を生む -マレーシアに学ぶ-

鎌田 諒(埼玉大学)

◆はじめに

チャイナマーケットの夕暮れ(マラッカにて)

 多種多様な人種・文化・宗教が入り混じったクアラルンプールの街並み、マラッカ海峡にぽっかり浮かぶ貿易船、見たこともない生き物が出迎えてくれたタマン・ネガラのジャングル…マレーシアで経験した毎日は全て印象的で、鮮明に思い出すことができます。私は今回ルックマレーシアプログラム(LMP)研修生として、8月16日から9月6日までの3週間マレーシアに滞在しました。出発前は3週間もマレーシアで暮らすことができるだろうかと思ったものですが、終わってみるとあっという間だったことに気付きます。

◆わたしのこと

 私は現在、埼玉大学教養学部地理学専攻に在籍中です。私は観光による地域活性化に興味があり、それをテーマに学内外で勉強をしています。大学では埼玉県秩父地方で中山間地域の活性化に取り組んだり、さいたま市の大学近郊にある見沼田んぼという大規模緑地をフィールドに、人と人の交流を生む観光形態を、現地の人と一緒になって考えたりしています。昨年は1年間大学を休学し、三重県の民宿旅館に住み込みで働きながら、実際の現場で観光による地域活性に携わりもしました。

 今回LMPに応募したのも、日本の地域活性化に関心を持って勉強してきたことがきっかけです。マレーシア政府観光局やロングステイ財団のホームページで、マレーシアがロングステイ(長期滞在型観光)で5年連続世界一に選ばれた国であることを知った私は、マレーシアの観光を学ぶことで、日本にヒントを持ち帰れるかもしれない、と思いました。それが私の今回の応募動機です。そしてその思いを素直に表現したところ、幸運にもマレーシアへの切符を手にすることができました。

◆マレーシアでの日々

美しいKLの夜景

 マレーシア訪問中は、はじめに日本とマレーシアを結ぶ様々な国際機関や企業・学校への訪問をしました。日本にいる限りでは、どこか遠く海外の地で難しい仕事をしている、という印象しかなかった人々が、目の前にいるというのは不思議な気分でした。私達が実際に訪れた機関は、日本大使館、JICA、国際交流基金、JETROです。それらの機関で働く人々は、実際会って話をすると実に気さくで人間味のある人たちでした。彼らの人間味に触れられたのは、実際に現地を訪れることができたからであり、いくら多く本を読んでも得られない貴重な感覚を得ることができました。

 また、唯一の企業訪問として伺ったパナソニックでは、多様な民族・言語集団がともに働く職場ならではの取り組みを知りました。工場にはそれぞれの人々に向けた指示書きや、 行動理念を書いた表示があり、異なる習慣をもつ人々がともに働くための細やかな配慮を見ました。また、勤務スケジュールは断食月をもつイスラム教徒など各従業員の信仰を尊重したものになっていることも知りました。いずれの取り組みも日本で見かけることは少なく、新たな視野を得ることができました。

 国際機関や企業訪問に加えて私達は大学へも訪問しました。日を分けて2つの大学を訪れましたがいずれの大学でも共通したことを感じました。

 それはマレーシアの大学生の積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢です。彼らは英語がつたない私達に対して、言葉だけでなくノンバーバルなコミュニケーションを用いて積極的に交流する姿勢を見せてくれました。私はその姿勢を見て言葉はコミュニケーションのツールでしかないことを実感しました。相手に何か伝えようとする気持ちや、相手の考えを知ろうという気持ちがあれば、言葉の壁を越えることは難しくないことを彼らは教えてくれました。今後は彼らを見習い、積極的に海外の人ともコミュニケーションを図っていきます。

 プログラムの中盤以降は、カンポン・ステイ(ホームステイ)でマレーシアの田舎暮らし体験や、マラッカやタマン・ネガラなどのマレーシアを代表する観光地巡りをしました。 カンポン・ステイは以下に詳細を記しますが私の印象に最も残る体験であり、マレーシアのホスピタリティを強く感じるものでした。今でも現地の家族とはSNSを利用した交流を続けています。

マラッカ・ジオグラファーカフェにて

 マラッカはインド洋に面し、マラッカ海峡の名前とともに交易の要所として知られる世界文化遺産の街です。マラッカ海峡は、高校時代地理のテストによく出たので地名を知っていました。テストのために必死に覚えた地名が目の前の現実として現れたことは感動的でした。マラッカ市内では東西様々の建築様式が入り混じった街並みを歩きました。ナイトマーケット目当てに訪れたチャイナタウンでは、「ジオグラファーズカフェ」(直訳すれば「地理学者の喫茶店」でしょうか)の洒落たカウンターに座り、ビールを飲みながら活気あるストリートを眺めて過ごしました。地理学を学んでいる私にとっては興味深い店名でもありました。

 タマン・ネガラは太古からのジャングルが残る国立自然公園であり、マレーシアの首都クアラルンプールからバスで3時間、小さなボートに3時間揺られてようやく着くような秘境の地です。豊かなジャングルにはたくさんの生物がいて、シカやサルやイノシシ、枝に擬態するナナフシや真っ黒いトカゲなどを見かけました。部屋の中まで遊びにやってきたトカゲにおびえ同室の友とギャアギャア過ごしたのもよい思い出です。

 他にもマレーシア滞在中は、英語レッスンをうけたりクアラルンプールの夜景を360°望むことができるKLタワーに上ったりと、毎日をあたらしい感動と学びに囲まれた環境で過ごすことができました。

◆カンポン・ステイのホスピタリティ

カンポンにて受け入れ家族と

 以上の様なマレーシアでの充実した3週間で、私の一番印象に残っているのがカンポン・ステイです。“カンポン”とはマレー語で「田舎」を指す言葉で、“カンポン・ステイ”とは、田舎に住む人々の家に旅行者が滞在するホームステイを意味します。普通であれば2泊3日以内の滞在が多いとのことでしたが、今回私達は3泊4日と長めに滞在させていただきました。

 カンポンは深々としたアブラヤシの畑に囲まれ、世帯・世代を越えた大家族暮らしがごく当たり前に存在する場所でした。変わった形の木には信じられないほど甘い果樹が実り、道端にふと目をやれば、動物園でもなかなか見ない大きさのトカゲがぼんやりと佇んでいる…そんな所です。なぜカンポン・ステイが一番印象に残っているかというと、私がそこで受け入れ家族の温かいもてなし、ホスピタリティに触れたからです。

 おなかがへるとイライラする人はいませんか?私はおなかが減ると腹がたちます(もしくは無気力になってしまいます)。程度の差はあれ、誰もが似たような感覚を抱いたことがあるのではないでしょうか。私達がカンポンを訪れた時期はちょうどイスラム教の断食月でした。断食中、彼・彼女らは日が昇っている間、食事をとりません。これはイスラム教を信ずる者全員で食を断ち、貧しい人の気持ちを知ろうとする意味をもつ営みだそうです。 私が驚いたのは、受け入れ先のお母さんが自分は食事をとらないにも関わらず朝・昼・晩と手の込んだ食事を用意してくれたことです。彼女が作ってくれるマレーシアの家庭料理は愛情がこもっていてとてもおいしかったです。それ以上に断食という状況にあっても私達をもてなそうとしてくれる心がありがたいと思いました。

マレーシアの自然はスケールがでかいです。※足元には無数のカニ

 食事の手厚いもてなしに加えて、彼女は地域に伝わる遊びや、ナツメヤシの葉を編んで剣を作る遊びを教えてくれました、器用にはっぱを編む手さばきは、なかなかまねし難いものです。また彼女は美しい砂浜や地元の市場に連れてってもくれました。気が遠くなるほど広い砂浜には、無数のカニが手招きする光景を見かけることができました。市場は食材や日常雑貨など幅広い品ぞろえで、商人たちは非常に活気があり、まるで上野のアメ横を歩くような気持ちがしました。また、心地よいもてなしをしてくれたのはお母さんだけではなく、彼女の家族や家族の近所に住む家族もホスピタリティを感じさせてくれました。

 彼らカンポンに住む人々のホスピタリティは、無理に作り出そうとするものではなく普段のありのままの暮らしから自然に発せられているのだと思います。お母さんはカンポン・ステイをビジネスではなく、多くの人と交流し人生を豊かにするためにやっていると言いました。この「まずは自分が楽しもう」という気持ちが、カンポン・ステイのホスピタリティと持続性の秘訣なのだと思います。

 ところで私は冒頭に私がLMP参加を志した理由を「日本の観光に役立つヒント探し」と記しましたが、そのヒントは彼らの自発性に生じるホスピタリティであると思います。自分の人生を豊かに生きようとする心、そしてその心から生じる行動がその人を魅力的にします。そしてその人に会いたいという誰かの気持ちが観光行動につながる。ただ単に観光地のイメージを消費する観光は飽きられ、これから脚光を浴びるのは人と人がつながる観光だと思います。その観光の根っこの部分にあるべき自発的・内発的な気持ちを、僕はカンポンで学ぶことができたと思っています。

◆おわりに

お世話になった方々と(報告会@ホテルイスタナ)

 私がマレーシアで学んだことはまだまだありますが紙幅の関係で全ては伝えきれません。それだけ多くの学びの機会を提供してくれる国がマレーシアなのだと思います。マレーシアは多様な民族・宗教が集うアジアの縮図でもあり、日本にいるだけでは気付くことのできない多様な価値観を秘めています。そんなマレーシアを訪れ、より自分の視座を幅広いものにすることができたと確信しています。今回の経験を踏まえて今後も自分の課題に取り組み、将来日本を担う人間の一人として活躍することを宣言します。素晴らしい機会を提供して下さった全ての方に感謝します、ありがとうございました。

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