派遣生レポート

エキゾチックな国マレーシア

亜細亜大学 国際関係学部 国際関係学科
曽我 奏子

ルックマレーシアプログラムに応募するまで、ほとんどというよりもマレーシアについては何も知らなかった。もともと、アジア方面に強い関心があった訳ではなく、ましてや特別な興味もない東南アジアへ旅行したこともなかった。これまでは、アメリカやオーストラリアなどいわゆる「よく行く留学先」へ語学留学をしてきた。しかしながら、マレーシア政府観光局から合格の通知をいただいてからは、マレーシアに対する意識が変わっていった。タクシーに宣伝されているマレーシアの風景。授業中に聞いたマレーシアという単語。インターネットから調べることのできる基礎内容を知るだけでもワクワクしていった。多民族国家。多言語社会。三大宗教。どの言葉も自分が興味ある分野に関連しており、出発までとことんマレーシアについて調べた。三週間という短い期間の滞在ではあったものの、実際にマレーシアで過ごしてみると教科書や文面からは触れることのできない異国情緒を感じる事ができた。そして、出発前には「自分がマレーシアで五感を使って日本とは違う異国のものを感じよう・体験しよう」という目標をたてた。

まず、基礎内容としてマレーシアはマレー系(約65%)、中華系(約25%)、インド系(約8%)という三大民族とその他少数の民族によって成り立っている。それに関連して、マレーシア人はマルチリンガルで公用語であるマレー語、中国語、タミル語を話す多言語社会である。また、都心部には観光客が多いという理由からも英語を話すことが出来るマレー人は多くいる。KLIUCでは、日本語を勉強している生徒も在籍していた。では、日本人が中学・高校の合計6年間英語を勉強し、海外へ出ても彼らのように流暢に話すことができないのはなぜだろうか。日本人らしさ(恥ずかしがり屋、強く主張をしない性格)が表立っているからだろうか。文法を重点的に勉強しているからだろうか。それとも、日本の教育制度が悪いからなのだろうか。 マレーシア人が最低でも三カ国を流暢に話すことができるのには、これまでの歴史、民族ごとの文化、宗教などとも深く絡み合っているということに気が付いた。例えば、日本人がマレーシア人とコミュニケーションをとるためにはどちらかが日本語またはマレー語を話すか、両国で話すことの出来る言語を使用するという手段しかない。世界では後者の場合、英語が使用されることが大半だ。マレーシア内でも英語を互いのコミュニケーションをとるツールとして使用している。そして、マレーシア人は同じ地区に住む異民族ともっとコミュニケーションをとるためにも、中国語の取得に成功したのだと考えられる。過去に比べるとマレーシアでは言語教育も普及している。日本は多言語社会でもないし、英語でのコミュニケーションをとる機会が少ないために、彼らのように流暢に話すことが出来ないのも1つの要因であると考えた。

二つ目に多民族国家であるためマレーシアには代表的な宗教が三つあるということ――イスラム教、仏教、ヒンドゥー教である。KL市内を回ってみると宗教に従った服装で歩いている。ヒンドゥー寺院の近くに中国寺院があり、そこからモスクが見える。この3つの宗教だけでなくキリスト教会もすぐ近くにあった。多民族国家だからこそ中国人街やインド人街などの街並みも存在している。彼らは、それぞれが互いの信仰を侵すことのない環境にいるのだと感じた。 例えば、イスラム教徒はラマダーンといって一ヶ月間断食を強いられる。その期間、他宗教の職場の同僚はイスラム教の同僚に配慮して、あまり食べ物を彼らの目の前においたり、食べたりしないように気をつけるそうだ。私がマレーシアへ行ったときは既にラマダーンは終わってしまっていて、断食期間の街の雰囲気を感じることは出来なかった。私がマレーシア滞在中に感じたことは、マレーシア人は互いの宗教を尊重しあっているとよく言われるが、互いの宗教を尊重しながらも他宗教に「干渉しないように距離を保っている」と感じた。言い方を変えると「(良い意味での)無関心」という言葉にも置き換えられる。もし、他宗教の信仰について議論を始めてしまうと、それについて過去をさかのぼることにもなるし、終わりの見えない討論になってしまうだろう。イスラム教徒が大半のマレーシアでは改宗に関して現在も問題は起きているものの、無関心であるからこそ上手に他宗教の人とも付き合えるのだと思った。

三つ目に異国情緒を感じたのは食事である。ナイトマーケットには中華料理が多く出店していたがマレー料理やタイ料理なども多くあり、毎日ナイトマーケットへ繰り出してもまったく飽きなかった。大学の食堂兼カフェにもアラビア料理、マレー料理、インド料理があった。マレー料理はトウガラシ、コショウ、ナツメグ、ニンニク、ターメリックなどたくさんの香辛料やハーブを使っているため辛いのが特徴的な料理だ。それに加えてお皿の上に小さな小皿があり、その小皿にはトウガラシをベースとしたタレが入っている。元々辛い料理なのに、各自好みの辛さに応じて適量取ることができるようになっている。辛いのが苦手な私でも、ナシゴレン(Nasi goreng:マレー料理。小魚などが入ったスパイシーなチャーハン。付け合わせはナスやインゲンなどの生野菜。)、カリアヤム(Kari ayam:マレー料理。鶏肉をココナッツミルク入りのカレーで煮込んだ料理。スパイシーだがマイルドな味わい。)、ナシアヤム(Nasi ayam:中国料理。鶏スープで炊いたご飯に、ゆで鶏またはローストチキンを添えた人気海南料理。鶏スープ付き。)が特に美味しかった食事である。 また、日本からマレーシアへ行くと物価が日本に比べてかなり安いため、日本からの旅行者にとってはかなり嬉しいことである。

大学の語学の授業はアラビア語を専攻しているため、イスラム教に関しては強く興味がある。そのため、マレーシアでイスラム教徒について深く知ることもできた。実際に自分がイスラム教徒にならなければ入ることのできない領域のようなものがあるとは感じるが、それでも身近なところにイスラム教徒の人がいて、色々な情報を得られるという環境にいたのは確かである。自分がこれまでに学んだイスラム教の内容を大きく覆すことはなかったが、+αで様々な知識を得る事ができた。ガウンを着てモスク内に入ったことも初めての体験であって、とても新鮮で刺激をうけた。

もしマレーシアのことを全く知らないまま先入観もなく現地へ三週間滞在していれば、日本とは全く違うライフスタイルからカルチャーショックをうけ、異国情緒を感じる機会が多くなり感動も深くなっていたかもしれない。しかしながら、グローバル化しつつある現代は、インターネットや文献などを含め様々な手段で他国について知ることができる。今回三週間だけであったものの実際に現地へ赴き現地の生活を知り、自分の五感を使ってマレーシアでの現状を少しでも多く知ることができた。最後に、私はここに表すことが出来ないほど、マレーシアでの三週間の滞在を有意義に過ごせた。もちろん、楽しいこともあれば自分のキャパシティーを超え、仲間との衝突など辛いこともあった。それでも、それらの問題を乗り越えたことによる成長を実感することができた。これから自分が多言語社会をテーマとするゼミに対する姿勢やアラビア語を勉強していく際、マレーシアでの経験を踏まえより深く勉強していきたいと思っている。

<参考文献>
i 「マレーシア(絵を見て話せるタビトモ会話)」(JTB出版)参照。