派遣生レポート

これからもマレーシアとともに

神奈川大学 経営学部 国際経営学科
工藤 公平

マレーシアでは感じること、考えることがたくさんあった。マレーシアが多民族国家、多文化、それらを受け入れる寛容性、観光立国である、など言葉で知っていても実際にマレーシアにきてみると、よりいっそう感じさせられた。それらのことよりも自分自身の体験で学ぶことが多かった。

マレーシアに限らず海外に行くと、あらためて自分が日本人だということを意識する。よく考えてみれば普段日本で暮らしていれば「日本」を意識して生活することはない。自宅に国旗を飾ることもないし、兵役もない。日本を意識する瞬間というのはサッカーの国際試合やオリンピックの時くらいである。マレーシアは多民族国家で、海外からの観光客も多いので、自分が日本人であるという意識が常にあった。

今回のルックマレーシアプログラムで、2回目のマレーシアである。前回はボルネオ島のサバ州に行ったことがあり、今回のプログラムは首都のクアラルンプールである。他にもタイやベトナム、カンボジアなど東南アジアは様々な国に渡航したことがあり、東南アジアやマレーシアに関しては慣れている部分もあり、カルチャーショックは一切なかった。前回マレーシアに渡航した時はホームステイもしたので、マレーシアの人たちがどのような生活をしているのかというのも知っていた。マレーシアが多民族国家である、宗教を日本より身近に感じることができるなど、ということもすでにこのプログラムに参加する前から身を以って知っている。前回の経験もあるので自分自身がルックマレーシアプログラムを通して、何を学べるのか、帰国して何を伝えられるのか、すごく不安であった。

しかし、そのような不安もあったが、もちろん今回学ぶことはたくさんあった。そして大きな挫折も経験した。そちらのほうが自分のなかでは強く残っている。

挫折について話すと、マレーシアで特に感じたのが英語の重要性である。マレーシア人の多くは、マレーシア語、英語、中国語など複数の言語を話すことができる。これは前回行った時も感じていたことであったが、実際に話しているのを見ると語学の堪能性の差を感じる。マレーシアが多民族国家ゆえにそういう環境にあるということもあるのかもしれないが、みんな当たり前のように話す。今回のプログラムでは現地の大学に通い、マレーシアの学生、他の国からの留学生とも交流したが、みんな英語はもちろん話せ、さらに英語と母国語以外にもう一つの言語が話せるという学生も多かった。現地の大学で友達になったイラクから来た留学生は母国語のアラビア語の他に英語、フランス語が話せた。私自身は「英語が話せる」とはっきり言えるほどのレベルではない。もちろん英語と日本語以外の言語は話せない。そして今回一緒に参加したメンバーは自分以外、期間は様々だが英語圏への留学経験者も多く、英語が得意な人ばかりであった。自分が英語に関しては一番能力がなかった。英語でプレゼンをするときも、現地の大学で授業を受けているときも、一緒に来た仲間に助けてもらっていた。とても感謝している。今まで海外に行っても英語漬けという経験はしたことがなかった。マレーシアに限らず世界に出るには英語ができることが最低条件であるというのをあらためて感じた。必要不可欠であり、英語が好きだ、嫌いだなんて言っていられない。英語ができなければ世界の人たちと対等に話すこともできないし、仮に誰かに通訳してもらったとしても自分自身の生の言葉を相手にぶつけることもできないし、本音を語ることもできない。お互いに英語が話せることで、異文化理解もはじまり、言葉や文化も異なる国から来た人同士の相互理解ができ、信頼関係も生まれるに違いない。

英語の大切さ、英語が話せることで広がる可能性に気がつけたことは良かったと思う。今回海外での挫折を初めて経験した。「もっと英語が話せたら良かった、もっと日本のことについて勉強しておけば良かった」と滞在中感じていた。もっと自分自身が語学に堪能ならば、マレーシアもより広く見ることができたのかもしれない。次は自分に自信をつけて海外に行けるようにしておこうと思う。いつも海外に行って帰ってくると「楽しかった。」で終わっていた。しかし、今回はとても悔しさが残った。

次に自分自身が思うマレーシアについて書こうと思う。今回行ったクアラルンプールは高層ビルが立ち並び、自動車も人も多く、電車が動いているなど大都会であった。前に行ったボルネオ島のサバ州のコタキナバルやサンダカンとは雰囲気も異なっていた。とても主観的だが、自分が今まで行った東南アジアの大都市ではベトナムのホーチミン、タイのバンコクも高層ビルが並び、大都会という印象があったが、クアラルンプールはそれらと同等か、それら以上だった。マレー系、中国系、インド系の他にもミャンマーやカンボジアからの出稼ぎ労働者など、多種多様な人たちがいた。マレーシアは2020年までに先進国入りを目指しており、これからもどんどん高層ビルが建設されていたりして、もっと開発が進んでいくのだろう。

しかし、急ぎすぎた経済発展の代償なのか、物乞いをしていたり、路上で生活をしている人をクアラルンプールで少なからず見た。クアラルンプールと郊外では生活水準に格差もあった。経済発展は国が活気づいて、海外からも注目されるなど、すばらしいことなのかもしれない。だが、経済発展が進むにつれて、格差や社会保障といった様々な問題に直面する可能性もある。

今回のルックマレーシアプログラムでもそうだったが、東南アジアに行くたびに感じることがある。それは東南アジアの国々が発展途上国ではなく、日本が発展過剰国であるということである。ただ単にうまいことを言おうと思ったわけではないし、自分自身も恩恵を受けてきたので、もちろん経済発展を否定するつもりは一切ない。前回ボルネオ島のサバ州で水道などのライフラインが整備されていない小さな村にホームステイしたり、カンボジアで電気もないような村に行ったが、そこに暮らす人たちは苦労しながら暮らしているという印象は受けなかった。今回もサバ州と似たような環境のクアラルンプール郊外の田舎でホームステイをしたが、そこにいる人たちは普通に暮らしていた。便利な生活に慣れている自分にとっては不便に感じることが多いが、彼らにとってはこれが普通の生活なのだろう。「自分の近くにいる人や物を大切にして、自分の身のまわりの物に感謝すること」、物質的に豊かじゃなくても生活できるのは、これらを当たり前にやっているからではないかと私は思う。マレーシアで売られているミネラルウォーターのキャップに「pray for Japan」と書かれていた。震災からは1年以上経つというのに日本を想ってくれていることはとても嬉しい。多民族国家で寛容性があり、心が豊かであるから、海外の人たちのことを想い、このような活動ができるのではないか。日本も経済発展で前に進んでいくのも良いのかもしれないが、少し後ろに戻ってみるのも良いのではないかと自分は思う。そこであらためて見えてくるものもあるはずである。日本はマレーシアより経済的にはとても豊かである。だが、自殺者が多いなどの社会問題もたくさんある。マレーシアも経済発展が進んできたら、日本が直面しているような問題に直面するのかもしれない。そうはならないことを願いたい。

私が感じたことを中心に書いたので、この文章からマレーシアがどんな国なのか、多分伝わらなかったと思う。でも、マレーシアはすばらしい国であるというのは確かである。ぜひ、自分自身でマレーシアに行き、様々なものを感じてきてほしい。そこで感じることは千差万別なはずだ。私みたいに挫折を感じる人もいるのかもしれない。多民族国家、多文化、宗教が身近に感じることができる、観光客にやさしい、など様々なマレーシアがあるはずだ。色んな国に渡航している人や海外に行ったことがない人は、もっと違う視点でマレーシアを感じることができるかもしれない。自ら足を運んで、あなただけの「マレーシア」をぜひ、見つけてほしい。