派遣生レポート

異なる文化に触れて

獨協大学 外国語学部 英語学科
畑澤 直希

1. 初めに

「マレーシア」という国名を聞いて、何を思い浮かべますか? 正直、私はマレーシアは東南アジアの国の一つで、赤道が近いから暑い気候であるというくらいのイメージしかありませんでした。しかし調べるにつれて、東方政策を行い日本や韓国を手本に学んだ国であり、日本とかかわりが深く、なじみのある国であると理解できました。

実際にマレーシアに着いてまず初めに思ったことは「雑多」であることでした。多少語弊があるかもしれませんが、日本は単一民族国家として成長を遂げてきました。しかしマレーシアにはその歴史的な背景から常にさまざまな人種が混在する「多民族国家」として今まで成長を遂げてきました。街の中にはマレー系、中華系、インド系マレーシア人のほかに、中東や中国、韓国または東南アジアから来た外国人やヨーロッパ人など多種多様な人種に溢れていました。異文化が混在していることが当たり前の状況なので、日本人が歩いても全く見向きもされず、珍しがられなかったことが印象的でした。

ホテルから一歩外に出れば、様々な人種の人々が街を闊歩している風景が見られるマレーシア。日本とは全く異なる世界で、私たちはたくさんのことを学んできました。

2. 私のこと

私は大学で主に東南アジアの開発経済について勉強しています。私の夢は地元である横浜の地域活性に貢献することです。黒船が来航した時代、日本で初めて海外に向けて「窓」を開いたのは横浜でした。それから通商が始まり、今に至るまで多くの外国人が横浜に住んでいます。貿易の役割を担い、多民族、多文化が混在する地。そうした環境がマレーシアと似ていると思い、多民族国家として成功している姿から何か学びえるものを探しに、今回このプログラムに参加しました。

3. 日系企業訪問―グローバル・ハブ拠点としてのマレーシア―

マレーシアの街を歩けば、いたるところに日本製品を見かけることができます。たとえばコンビニに行けば日本製の洗剤が買えるなど、基本的には日本と生活水準が変わらない生活を送ることができました。

近くのショップ店員に話を伺ったところ、出身がマレーシアではなくミャンマーから出稼ぎに来ている人でした。他にもカンボジアなど、ほかの東南アジアの国から出稼ぎに来ている人たちが多かったことが印象的でした。同じ東南アジアの国々にも経済の格差が存在すること、特にマレーシアは経済発展が進んでおり、近隣のASEAN諸国から出稼ぎに来ている人がいるという事実は、私にとって新鮮な発見でした。プログラム中にマレーシアにあるパナソニックの工場を訪問してきました。パナソニックではマレーシアに合ったマレーシア独自の製品の開発を行っています。また、多文化が混在している背景や、多言語が話せること、宗教に寛容であることから各地から人材を集め技術者としての教育を行い、各地に送るというグローバル・ハブ活動をしているのもマレーシアのパナソニックの特徴です。

日本にいる企業の多くは海外に拠点を移し、海外で事業を展開していきますが、マレーシアでは積極的に人材を中に入れる、そして経験を積ませて外に送り出すという活動を行っていました。

またパナソニックには日本にルックイースト政策で留学に来ていた青年が働いていました。彼は日本で技術と日本語を学び、日本人とマレーシア人の橋渡し役として働いていました。また彼は日本の技術だけではなく、日本人の勤勉で優しい、集団行動のできる性格も学び得るところであると仰っていました。日本のイメージは文化のみが先行して好まれているかと思っていたので、性格を褒められて素直にうれしかったです。同時に、海外からの日本の印象を理解することができました。

多くのASEANの国が成長に伴い輸出主導の経済から内需主導の経済に移行する動きが見られます。それに伴い労働者の最低賃金が上がった場合、この工場で見られたようなライン作業が維持できるのかどうか、どのように対応していくのか。今後の展望が非常に気になります。

4. ホームステイ

KLから離れた村に訪問し、3日間ほどホームステイをしてきました。ホストファミリーはマレー語しか通じず、「ボレ?」(マレー語で「できる?」の意味)という言葉だけで過ごしました。言葉は全然わかりませんでしたが、それでもコミュニケーションをとることができ、最低限のコミュニケーションには言語は必要ないということを実感しました。急きょ私が泊まるはずだったホストファミリーがホームステイできなくなったため、私は日本人5人で一緒にホームステイをすることになりました。ホストファーザーやマザーはご飯のとき以外は基本的に放置でしたが、子どもと一緒にチャンバラなどをして楽しむことができました。

集会で踊りを披露してくれるということで集会場に集まりほかの人たちの家庭の様子を聞くと、海に連れて行ってもらったり、水洗便所、ベッドがあったりなど、同じ地域でも格差があると気づいたと同時に、放置や水風呂が当たり前だと思っていた私たちのグループの価値観が崩れ、一気にほかの家の生活がうらやましくなったことを覚えています。完全に余談ですが、周りの状況を知ることで自分の立ち位置がわかり幸福度が下がるという状況は、今のブータンに通ずる体験であったのではないかと思います。

集会では若者がダンスを披露してくれました。しかし踊っている若者はみんな雇われていて現地の人ではないこと、踊っているダンスもジャワ(インドネシア)の伝統舞踊だったなど疑問がわきましたが、貴重な伝統舞踊を楽しむことができました。

こうした田舎に外国人を泊まらせて資金を得るホームステイ産業を体験すると、やはり元締めの家だけがやたら発展している光景が見られました。また外部から雇われている人が多く、現地の人たちとの交流が限られていたりなどといった観光の側面を体験できました。しかしそれでもマレーシアの田舎の生活を体験できるという面では非常に貴重な体験でした。ホスト宅の両親がマレー語を教えてくれたり、子どもとクレヨンしんちゃんを見ながら笑いあったりしたのは最高の思い出でした。

5. 留学生活―文化交流は国境を超える!―

後半の2週間はKLIUCという大学に留学しながら活動しました。基本的に英語なまりは人それぞれでしたが、学習するには困りませんでした。国の立地環境や宗教への寛容性、物価の安さにより、さまざまな国から学生が来ていました。私も彼らと話すことにより、色々な考え、価値観を知ることができ、勉強になりました。仲良くなったモルディブ人とシリア人とカフェで語り合ったのはいい思い出です。

私たちは英語でマレーシアの文化や異文化コミュニケーション学などを学びました。教授たちのレベルも非常に高く、知識以外でも生き方や性格面で尊敬できることがありました。

特にある教授から言われた、「物事を一つの側面から判断してはいけない」という話は、海外で生活する上で非常に参考になりました。

6. 多文化共生の一つのモデルとしてのマレーシア

3週間マレーシアに滞在し感じたことはたくさんあります。しかし私たちが経験したマレーシアはあくまでマレーシアの一部分であり、これだけで定義づけることは難しいでしょう。私が感じたのはマレーシアの1つの側面であり、これだけでは判断はできません。私自身、マレーシアの多民族国家がうまくいく秘訣をもっと知りたいので、マレーシアに再び訪れるつもりです。

今回の研修を通して言及したいことが2つあります。それはマレーシアの寛容性、日本人としての意識についてです。

まず1つ目は、マレーシアの寛容性についてです。マレーシアが多民族国家をうまく維持できる理由を留学先の学生たちにインタビューして回りました。すると、みんな口を揃えて「お互いを尊敬、尊重すること」と答えてくれました。確かに街を歩いても、外国人である私が生活に困ることがない程十分な種類のものがあふれています。宗教施設に関してもすべての施設が揃っているように思えました。どんな民族も不自由なく生活できる、そんなところにマレーシアの寛容さを感じることができました。

しかし自分が気になったのは、学生食堂で学生がご飯を食べる際に一緒にいる学生たちはみんな同じ人種でした(インド系同士、マレー系同士など)。さらに私が大学で開かれたインド系のお祭りに訪れた時、観客が全員インド系の学生で驚きました。私が見たことはあくまで一側面でしかないかもしれません。しかし、多民族が混在しているというよりは、マレーシアという一つの家に3民族ずつ互いに部屋を設け、その中で生活し、お互いに「干渉しない」でいるという印象を受けました。日本がもしこれから外国人の受け入れに寛容になり、多文化が混在し快適な社会づくりをするときには、マレーシアは一つのモデルになりえると思います。しかし全てを模倣すべきか、という点では疑問です。本当の意味での「共生」とは一体どのようなものなのか。私は多民族国家形成の秘訣や、多文化共生とは一体何なのかといった根本的な問題について、今後学習していきたいと思います。

7. 主体は誰か

2つ目に海外に出て初めて気づいた日本人の意識について触れたいと思います。日本人はシャイであるという偏見通りの反応ですが、ある意味一人一人がクラスの主体であるという意識が欠けているのではないかと思いました。

マレーシアやほかの大学の授業では、教授が積極的に生徒との対話を求めてくるなど、生徒の主体性を尊重していました。しかし日本は対照的に教授が一方的に話を展開し、生徒はただ聞くだけという授業が多いように思えます。こうした教育では海外の生徒と比べて自分が主体であるという意識は育つのでしょうか。答えは難しいと思います。

少子高齢化、人口減少、グローバル化などの課題には誰が対応するのか。もちろん私たちです。そのために一人一人が海外に出て先例から学び、主体性や海外の学生と戦える力を養い、そこから得たものを還元し、日本をより良い社会にしていくという意識が必要ではないでしょうか。内向き志向を打破するためには、同じ学生が外に出て、利点を伝えていけば状況は変わると思います。もちろん海外に出る必要性は個々人によって異なると思います。しかしたった3週間だけでしたが、私はマレーシアから多くのことを学べました。大事なのは経験すること、とりあえず海外に出てみれば何か得られるかもしれません。そしてその経験を当事者として受け止め、今後に生かすことが重要であると感じました。

8. 日本人のイメージ像を作るのは...

最後に、日本人代表として3週間研修を受けて感じたことは、日本のイメージをよくも悪くもするのは自分たちであるということです。たとえば前述したとおり、クラスで何も発言せずに黙っていれば、「日本人はシャイで発言できない」と思われるでしょう。これも人によりますが、関わった人にはそういった印象を与え、日本人全体を定義されうるのではないかと感じました。

時事問題を聞かれたとき、知識はあっても自分の考えを述べることができるでしょうか。実際に学生と話しているときに「この問題について日本人としての意見を聞きたい」と言われました。その時に答えられなければ、個人レベルでは知識のない人と思われて終わるかもしれませんが、もしかしたら「日本人は自分の意見を持たない」など思われかねないと思いました。常に自国のことにも興味を持ち、自分の意見、スタンスをはっきりさせるという姿勢を、海外の青年から学びえた気がします。海外に出る際には誰もが日本代表として、国の印象を形づくる主体であるということを自覚して行動するべきなのではないかと思いました。

9. 終わりに

私は3週間を通じてマレーシアを体験し、そしてさまざまなことを学びました。日本で勉強したことも、実際に体験してみると全く異なっていたことなど、経験を通じて実際に肌で感じて学びえたものが多かったです。プトラジャヤを作り、明確なヴィジョンを持って国を先導したマハティール元首相のように、実際に自分で行動し、経験し、学び、良い物を取り入れていく姿勢を持って、今後の日本の問題を解決できる主体になれるよう、学んでいきたいと思います。